Vol.75 “O(オー)”の続き 

 前回書いたAさんはさらに「“O(オー)”はゼロとも読める」と語る。ゼロとは何もない状態。しかしその何もないところから何かが生まれる。つまり無から有が生じる。そうやって何ものにも左右されない心の状態にしてAさんの「いま結婚したと思いなさい」という言葉が生まれた。

 ところで大概我々はそれまでの知識や記憶を元に言動を取る。それは当たり前のように行われ誰も特に問題視することはない。それで十分日常の生活は事足りているから。一方Aさんのように自分の感性で話す人の方は数少ない。そんな人に出会ったとき私は羨ましく思いつつも尊敬の念を持って接して来た。

 そして今回のAさんの姿勢は我々治療者の行う面接にも通じる。すなわち「記憶なく欲望なく」という面接の心得だ。この「記憶なく欲望なく」という聞き慣れない言葉はどういう意味かと言えば、これまでの記憶に頼ったり治療に熱心になるべきではないということだ。すなわち面接では「自分を無にしろ。直観を働かせよ」ということだ。そうでなければ変な先入観が入って本当の姿を見失うことになる。

 だがAさんのように何もないところから考えがわいてくるなんて至難の技だ。その結果、我々が陥るのは「分からない、理解できない」いう精神状態だ。そして我々は不安や苦痛に襲われる。さらに我々はその苦しさをまぎらすために既成の知識を持ち出して当てはめようとする。

 それは普通のことのように思えるがやはりただお決まりの考えに当てはめるだけだ。むしろその苦痛に耐えてこそ真実の姿が見えてくるに違いない。例えば我々の中に起こる苦痛は相手の感情でもあることに気づく。そういうように『何もないところから何かを生み出す』ことの難しい我々には自己の苦痛の中から何かを感じ取っていく方法が残されている。

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