Vol.70 アニメ(パート1)

 最近、アニメ『ワンピース』をDVDで観ている。これは少年漫画雑誌に連載されていて子供から若者たちに人気があるらしい。しかし我々のように年輪を重ねた年代からは別の見方ができるように思う。このアニメを観ながら私の頭には日本昔話『桃太郎』や書『甘えの構造』(土居建郎)などが浮かんできた。

 童話『桃太郎』と言えば主人公の桃太郎が猿や犬やキジを引き連れて鬼が島に鬼退治に出掛ける物語だ。そして鬼との闘いに勝利して宝物を持ち帰る。一方『ワンピース』では若者男女6人とトナカイ(疑似人間)1人の計7人が海賊船に乗って悪者たちと闘っていく。両者とも子供が悪者と闘う物語だが、別の味方をすれば困難を乗り越えることによって人が成長する様を描いているようだ。

 さらには書『甘えの構造』の中にも『桃太郎』の話が出ていたのを思い出した。桃太郎はなぜ鬼退治をしないといけなかったのか?その理由が書の中で次のように述べられている。

 日本は“甘え社会”であり親は子供を厳しく育てることがない。従って親は子供にとって“闘う”相手にならない。もともと子供というのはまず反抗期に親と“闘う”ことによって成長していくものだ。ところが親が“闘う”相手にならないとあらば親以外の強いものと闘う必要が出て来る。その姿を『桃太郎』の中で桃太郎が実践していると言う。一方『ワンピース』の中で主人公たちが鬼や悪役と闘うのもそれと同じ意味があるように私には思えた。

 以上のことは西欧で考えられた精神分析理論にもとづいている。つまり子供が親に“反抗する(闘う)”のは親の力強さを獲得するためだと言う。すなわち西欧では子供の頃から“闘う”準備がなされていることになる。一方、日本の場合は家から外の世界に出てからその“闘い”が始まるのだが、その外での“闘い”は親との関係の“やり直し”と言えるかもしれない。

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