Vol.66 テレビドラマ(パート4)

 さてドラマ『泣かないと決めた日』についてもう少し。最終的に主人公はイジメとよく闘い抜いた。この闘いの物語によってイジメを乗り越える一つの指針が示されたように思う。ところで、一方のイジメを行った当人たちもイジメを止めて行った。それは何故だったのか?その理由も気になるところだ。その点について私なりに考えてみることにした。

 もともとイジメとは何か?ただ相手を攻撃するだけの意地の悪い人間なのか?何かそうしてしまう訳でもあるのだろうか?そんな疑問も湧いてくるので、まずは“いじめっ子”の心の中をのぞいて見たい。そこに何が見えてくるかと言えば、何やらイヤなもの・不快なものが渦巻いているようだ。それらを抱えていることは苦痛に違いない。ならばその不快なものを外に出して楽になりたい。その方法として誰かの中に投げ入れるということが行われる。それがイジメというものなのだろう。

 しかしそんな不快なものを投げ込まれたらたまったものではない。誰でも不快になるだろうし精神的に参ってしまうこともある。このドラマの主人公は自分の存在が危うくなるほどだった。しかし考えてみれば自己の存在が危ういほど参っていたのは“いじめっ子”自身にも言えるのではないだろうか。だからこそ“いじめっ子”はイジメまでして快感を得ようとしたのだ。まさにそれは自己防衛である。

 ところがそんなイジメに耐えて乗り越えて行こうとする人間が現れた。それがこのドラマの主人公であり、イジメと闘った主人公は人間的な強さを獲得した。その心の中を見れば主人公は“不快感”という“悪いもの”を“人間的な強さ”という“善いもの”に変えたとも言える。それは尊敬すべき姿であるので人の心に響かない訳がない。それが“いじめっ子”を改心させるきっかけになったのではないだろうか。さらに言えば“いじめっ子”自身も本当はそんな尊いものを求めていたのかもしれない。何故かと言えば“いじめっ子”の中にも“善いもの”を育てたいという芽はもともと存在するだろうから。

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