Vol.56 希望(パート4)

 『希望学』(東大社研)の中で「現代はどう生きたらよいか分からないという不安が拡大している」と述べられている。昔から古今東西「いかに生きるか」という問いは人間に与えられた宿命のようなものだ。特に若い頃にはそういう哲学的な問い掛けに悩むことが多い。その問いに対しては多くの哲学者が答えてきていている。私自身について言えば特に実存主義的な生き方に共感したように思う。実存主義とは端的に言えば自分自身で自己を形成するというものだ。

 そして我々が社会に出てぶち当たるのが現実的な問題だ。それは主に人間関係の問題であり、それまでの「どう生きるか」という哲学的な問い掛けから「どう人の間で生きるか」という具体的な課題に移行する。それがうまくいかなければストレスとなり心身症にもなる。従ってストレスをためないように「自分の言いたいことを言い、自分の気持ちを出す」ことを本人が取り組むことが必要となってくる。

 その人間関係をさらに掘り下げて考えていくものとして精神分析が存在する。分析では現在の人間関係は生まれてからの親との関係が再現されていると捉える。すなわち「生まれてから現在までどう生きてきたか」とか「現在どう生きているか」を分析的に考えることによって「これからどう生きて行くか」ということも見えてくる。

 以上のことは「主体的に生きよう。自分の考えで生きよう」という考えが基本になっている。しかしその課題を一人で乗り越えることは難しい。書『希望学』(東大社研)の中に「どんな困難な状況でも自分を分かってくれる人が三人いれば大丈夫」というある人の言葉が出てくる。その三人の理解者としての役割を我々治療者側が果たせているかどうかは重要な点だ。我々はそのことをいつも自らに問い掛ける必要がある。私自身今あらためてそのことを問い直している。

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