Vol.55 希望(パート3)

 今の世の中では学校や職場などの成績で人間の評価までされることが多い。従って当然のこととして紆余屈曲や挫折などは悪い評価を受けることになる。さらにその紆余屈曲や挫折は本人だけの問題となり職場の問題から切り離される。それは自己責任論であり失望の源になりやすい。

 そういう問題の対策について『希望学』(東大社研)の中で論じられている。話は某IT企業を辞めて行った実例が元になっている。なぜ優秀な彼女たちが人が羨むような会社を辞めたのか?大きく2つの理由があった。一つは「先が全く見えない」という理由で、もう一つは「先が見えてしまった」という理由だった。

 次々に激変して行くIT業界。彼女たちは仕事内容の対応に疲れ果て「先が全く見えない」状態に陥り将来に希望が見えなくなった。また彼女たちが当初思い描いていた理想像とは違う姿が将来に見えた。つまり「先が見えてしまった」。いずれにしても彼女たちが将来に何かワクワクするものを感じなくなったということだ。同時に将来に対し希望を失った。

 結局、彼女たちはそこで辞めて行った訳だが、その失望の中から一筋の光明を見出す術はなかったのか?その問いに対しこの書『希望学』は次のような方法を提案する。

 どんな紆余屈曲や挫折の場面においても失望に陥らないために、むしろ逆に“物語”を創っていくという積極的な姿勢が必要だ。つまり苦難の道を乗り越えて行く“ヒューマンドラマ”のようなものだろうか。しかも本人たちと職場側とが協同して作り上げるドラマだ。そんな創造的な過程が再び明日への希望をもたらす。その“物語”があったなら先ほどのIT業界の女性たちも希望を失って会社を辞めて行くこともなかっただろう。

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