Vol.53 希望(パート1)

 心身症的には病気の原因はストレスだが、そのストレスの原因は自分を抑えて言いたいことを言わないことによる。従って自己主張訓練が治療の一つとなるのだが、実際には組織の中で自己主張することは難しい。

 確かに自己主張というのは現代の“個人化”の象徴的なことだ。しかし一方で組織には“共同体”という伝統的な考え方が今なお存在している。その“個人化”と“共同体”意識という相反する狭間で各個人が翻弄されているのではないかと思う。

 特に1990年代から2000年代にかけての“失われた10年”の頃から現在に至るまで多くの人たちが疲弊感を持つようになった。その当りのところが書『希望学』(東大社研)に書かれている。

 個人が会社組織に所属すれば“共同体”という和を保つために個人は自己を滅する必要がある。従って個人は会社のために自己を犠牲にしてまで働き続ける。その結果多くの人たちが希望を失って精神的疾患や身体的疾患を患うようになり、さらには過労死や過労自殺などの問題も出現してきた。

 しかし一旦病気になればそこには“個人主義”の原理が働く。つまり病気になったのは自己責任という訳だ。しかしそのように個人が不利にならないように労使間の調整を行う第三者(弁護士や労働組合など)が必要となる。そして以上のようなことが法的に制度化される必要があると言う。
 私自身これまで『個人の病気は職場の問題から分離されて医療側に委ねられる』ように感じて来たが、一方で最近は個人の所属する関係者とも話す機会も増えているので、社会的に個人を守る態勢が進みつつあるのではないかと思う。

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