Vol.47 閉塞からの脱出

 我々は現実問題として八方塞がり状況に陥ることがあるが、そういう何らかの閉塞状態からどう脱出したらいいだろうか?その一つの姿を小説『希望の国のエクソダス』(2002年、村上龍)の中に見せてもらうことができる。

 時代は1990年から2000年にかけての約10年間。日本経済は大きく行き詰まり失業者は増えて犯罪率や自殺率のアップにつながった。将来に対する希望が失われて世の中には閉塞感がただよう(失われた10年)。この小説はそんな状況から中学生が脱出(エクソダス)を図ろうとするファンタジーの物語だ。

 端的に言えばこのストーリーは中学生(子供)たちの大人に対する反抗だ。大人たちは「勉強して良い学校に行きなさい」と言うけれど、大企業も潰れるくらい不況な世の中を見ていたら良い学校に行くための勉強をしたって将来に良いことがあるとは思えない。しかしだからと言ってどう生きて行ったらいいのかが分からない。そんなことを誰も教えてくれないしモデルになる大人もいないのだから。

 じゃー自分たちでやってやろうということになる。『自分たちに何ができるか?』や『どう実現していくか?』を考えて実際に行動を起こすしかない。そして中学生たちは自らの力で事業を起こしネット界に新ビジネスを展開していく。しかもそれは創造的かつ大胆なものだが、それくらいのことをしなければこの出口のない閉塞状況を打破するのは難しい。

 1990年代のいわゆる“失われた10年”の間に何ら得るもののなかったのが現実だ。そんなときこのファンタジーの中での中学生たちの取り組みが象徴している創造的な仕事が求められたのではないか。そのことはまさに手本となるべき大人の姿をこの中学生が身をもって実践したことを意味する。

 すなわち閉塞的な状況が何であるにしてもそこから脱出するためには既得権益を守ろうと保守的になるべきではない。多少冒険的ではあっても創造的な取り組みにチャレンジすることが必要となる。この小説の訴えようとしている一つが以上のことであったように思えた。

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