Vol.40 極限状態(パート3)

 我々にとって未来に何か目標が見えないと不安になるものだが、『夜と霧』のアウシュビッツ強制収容所の囚人にとって最も苦痛だったのはいつまで収容所の中にいないといけないかが分からなかったことだ。将来に希望を持てない人々はやがて“一個の人間”としての尊厳を保てなくなった。

 しかしこのように望みのない人々に対しても心理療法や精神衛生上の関わりは効果をあげることができた。囚人の一人であるフランクル自身も精神科医の立場から人々に未来の目的に目を向けさせることに成功した。フランクルは人生に対する考え方の転換が必要だと言う。すなわち「人生に何かを期待する」のではなく、逆に「人生から何を自分が期待されているかを考えるべきだ」と説く。

 「人生から期待されている」とは、例えば「自分を待っている仕事がある」とか「誰かが自分を待ってくれている」ということを意識することである。それが未来に目的を持つということであり、そのことに気づいた人たちは過酷な状況から生きて帰ろうという意志が生じた。フランクル自身は目的を失った人々に生きる意欲を起こさせることを期待されていた。それ故にフランクルは疲労していてもイライラしていても皆を勇気づけるための話をしないではおられなかった。

 一方、収容所で「解放されることを期待した」ために人々が滅んでしまう出来事があった。それはクリスマスと新年の間に起こった。クリスマスには家に帰れるだろうと期待したのだが、その期待通りにならなかったために絶望し精神的にも身体的にも崩壊した。何の保証もないことを期待したために起こった結果である。

 一般的な日常の生活においても我々は人生に問い掛けられている。我々は何を期待されているのだろうか?例えば我々が人生を掛けて何かに取り組もうとするときなどには、我々は自分が人生に期待されたことをやろうとしているのだろうと思う。

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