Vol.39 極限状態(パート2)

 アウシュビッツ強制収容所とは一体どんなところだったのか?フランクル著『夜と霧』によると、粗末なバラック作りの住居、ごくわずかの食事、劣悪な衛生状況という最悪のもだった。さらに過酷な強制労働が待ち受けており働けなくなればガス室行きになる。そういう極限状態でもなお人が“一個の人間”たり得たのは何故だろうか?

 彼らを救った考え方はただ一つ。それは苦悩し抜くことだった。つまり苦悩を自らの運命として引き受けたということだ。その苦悩の結果、彼らは人間的に高められ、精神的自由と人間の尊厳を得ることができた。さらにそれは彼らの一つの業績となった。

 人はあらゆるところで自己の運命と対決することを求められていて、いつでも自らの苦悩を引き受けるかどうかの決断に迫られている。例えばフランクルは医師の立場から治療の見込みのない人の運命について考えている。その人は品位を保ちながら死に向き合う。苦痛を味わされた病気を恨むことはなく逆に病気に感謝する。何故ならそれまでの苦労のないブルジョワ的生活を反省できたし、初めて真剣に自己の内的世界に迫ることができたから。

 ところで我々の現代の社会についてはどうだろうか?強制収容所とは比べものにならないかもしれないが、我々もまた自らの苦悩の場面に直面し、それを引き受けるかどうかの決断をしないといけない場面に遭遇する。多くの場合苦痛を避けたがる傾向にあるが、著者自身の強制収容所体験から我々が学ぶべきことは「何としても苦悩に向き合う」ことだ。そうすることによって我々は内的自由と自己実現を得ることができる。

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