Vol.38 極限状態(パート1)

 私が中学生の頃には『夜と霧』が我が家の本棚にあったように記憶している。しかし当時はその写真を見るくらいで実際に読んだ記憶はない。その後私がこの本をしっかり読んだという確かな記憶は私がドクターとして心身症に関わり出してからである。

 『夜と霧』という有名な題名は日本で出版される時に付けられたものだと言う。もともとの原題をそのまま訳すれば「強制収容所における一心理学者の体験」となるべきところである。この強制収容所というのは第二次世界大戦のときのアウシュビッツ強制収容所のことだ。一心理学者というのが著者のフランクル自身のことである。実際に著者自身が収容された体験がもとになっている。

 『夜と霧』の中で強制収容所に長期に入れられた人々が感情をなくしていく姿が描かれている。フランクルによればそれは自己防衛の結果である。つまり強制収容所で味わう苦痛を乗り越えるために苦痛を苦痛と感じないように感情を無くしていくということである。

 一方、心身症の特徴にアレシシミア(失感情症)というのがある。つまり現代社会に生きる人たちも感情表現に乏しくなっている。やはり無意識のうちにイヤな感情を体験しないようにしていると考えられる。そういうことで私はアレキシシミアから強制収容所のことを連想し『夜と霧』をしっかり読み返そうと思ったのだろう。しかし今の世の中に強制収容所のような過酷な環境が存在するとは思えない。考えられることは本人にとってまわりの環境がまるで強制収容所に居るかのように感じられているということである。

 従ってこのストレスフルな現代の環境をどう乗り切るかが心身症の人たちの課題となる訳だが、それだけでなく多くの現代人にとっての課題でもあるような気がする。そして60年以上も前のフランクル自身による強制収容所の体験が、この現代の過酷な状況に向き合って行く指針をわれわれに示唆してくれるのではないかと思う。

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