Vol.34 目鼻立ちがない(パート1)

 “目鼻立ちがない”とは一個の人間として存在しないということだ。まわりの大人たちに顧みられなかった子供というのは目鼻立ちがなくなると言う。彼らは大人の懐からポロリとすべり落ちてまるで“落とし物”のようになっている。“物”のように存在するだけで“一個の人間”として存在していない。

 「“一個の人間”でなければ自分でつくろう」と言う人がいるかもしれないが、目鼻立ちのない子供たちがこの状況で『自分で自分をつくる』ことは不可能に近い。子供たちはほとんど受け身の存在であり、改めて誰かに“のっぺらぼう”な顔に目や口や鼻をつけてもらう必要がある。それ以外に“一個の人間”になるのは困難だ。

 目鼻立ちがつくのはどうやって可能か?それはまわりの人たちが「~さん」と彼らの名前を呼んであげることだ。その結果、子供たちは自分の存在を確認することができるようになり“一個の人間”としての顔を持ち始める。

 ところで子供が“一個の人間”になれなかったのはまわりの大人たちに問題があったからだが、その点はどう解決されるのだろうか?大人たちというのはとりわけ親ということになるが、現実には親の存在は微妙である。医療の現場では誰かの責任が問いつめられるようなことはあるべきでなく、あくまでも治療者側と本人との関係が重視される。一方で子供の問題を自分の問題として捉えていこうとされる方もおられるので、その時は一緒に考えていくように私自身はしている。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です