Vol.18 摂食障害(パート4)

 最近、かって私が摂食障害の治療に関わっていた現場から聞こえてくる声は「一度退院してもしばらくして再入院になるPtが多くなった」というものだ。世の中が複雑化しPtも変わって来たということだろうか。治療法としての行動療法(BT)の限界だという声もある。

 その当時、アメとムチのようなBTのやり方は私には動物の調教のように思え、「サルの調教だ」とつい本音が出たこともあった。また『BTだけでは理論が足りないのではないか』とも思えた。さらに正直に言えば、私はその頃退院していくPtたちに対し『本当によくなったのかな?』という疑問もいだいていた。

 当時私は混乱していたが、その第一の理由はPtや治療者に起こる様々な情動に翻弄されたからだと思う。そこには両者の関係を説明する理論が不足しており、病気のウラに潜む内的世界を知ることができなかった。

 その後に出会ったビオンのコンテイニング(包容する)という考え方には納得できるものがあった。すなわちPtが自分では抱えられなくて吐き出してくるイヤな感情を治療者はすぐにそのまま投げ返すのではなく、自己の中で意味のあるものに形を変えて適当なときにPtに返すというものだ。

 一言でそう言ってもそれを体得するには時間と労力を要する。さらにPtも治療者側も本当にその必要性を感じて忍耐強く続けられるかどうかにかかってくる。先ほどのまた舞い戻って来るというPtたちというのは、ひょっとして自己の内的世界についてもっと知りたいと感じている人たちなのかもしれない。

 摂食障害に対する心身症的アプローチの影響はどうだったか?あくまでも私の個人的な意見ではあるが比較的経過が良かった人たちは次の通り。

 拒食症ANの一部は経過は良かったように思う。何が良かったかというと自分の気持ちを言うようになったことがある。自分の葛藤の対象である母親にこれまでの自分の不満をぶつける子もいた。自分の気持ちを抑圧するからストレスがたまって病気になる。そんな問題の解決に本人が取り組んだと言えよう。そういう意味でみんなの前で話をするという集団主張訓練も効果的だったのかもしれない。

 一方で嘔吐を伴うANについては治療が難渋した。治療が中断することもあった。しかし中には落ち着く人もいた。その場合は特に家族が治療に協力的だったことが大きい。以心伝心ではないが家族が本人の気持ちを理解し始めるとそれが本人にも伝わるようだ。そういう意味では家族療法が回復のきっかけになったと言えるだろう。

 過食症BNについては絶食療法が良かったように思う。10日間の絶食に耐えることよって「病気を人のせいにしていた」などの認知の変容が得られた。そして退院して社会復帰した。

 以上から回復にとって大事なことは、本人が自分の気持ちを伝えることができるようになること、自分の問題を人のせいにしないようになること、そして家族が本人の気持ちを理解するようになることなどである。そんなことをやり遂げて経過良くなった人もいた。

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