Vol.15 摂食障害(パート1)

 私が心身症に所属していた頃に主に関わったのが摂食障害である。そこでこれまで私が体験して感じてきたことを書いていこうと思う。

 摂食障害というのは外見上の診断名であり、Pt(患者)は身体の症状で何かを訴えようとしている。さらにその根底には各人の生き方の問題が存在している。治療場面にはPt自身の人生が現れていたし、それに応じて私自身の生き方も問われるような気がした。そこは人間同士のぶつかり合う“人生劇場”のようでもあった。従って別の見方をすれば、Ptと治療者の私はお互いが自らの人生を見つめ直すためにその場で出会ったようなものだった。

 一方でPtは情動でも何かを訴えようとしている。それに応じて治療者側にも様々な情動が生じる。だから治療者側は自分に生じた情動から『Ptにとって自分は一体誰なのか?』『自分にとってPtは一体誰なのか?』という問い掛けをいつも行うことが必要である。つまり摂食障害などの心身症においては具体的な言葉ではなく非言語的にコミュニケーションが行われることになる。

 そうでなければ治療者側に起こる情動の意味が分からずに混乱するばかりだ。そしてPtも混乱しているのだから治療の現場は混乱した“戦場”のようにもなりかねない。それがその頃に摂食障害の治療に関わった私の実感だった。

 摂食障害には拒食症(AN)と過食症(BN)がある。ここではANについて一般的なことを述べていこうと思う。

 基本的には標準体重の20パーセント以上のやせが3か月以上続いている状態を言う。社交的にはまわりの評価を気にするあまり自己主張に乏しいという特徴がある。従って特にストレスに弱い。母親は過保護・過干渉であり父親は影が薄い。子供は親に気に入られようと“いい子”である。

 しかし家族との関係が生活の中心である間はそれでよいが、思春期の頃から学校生活がメインになってくるとまわりの友達とはうまくやっていけなくなる。思春期以降はアイデンティティの確立の問題で出てくるので自己主張に乏しい子供は戸惑うばかりである。次第に自分の存在感が薄れてくる。存在感を取り戻すために例えば勉強で頑張っても成績が振るわなければまたぐらつく。

 さらに自己の存在感を持つ方法としてやせることにこだわり始める。やせているというのはまわりの友人の良い評価を得られるし羨ましく思われる。満足感が得られてますますダイエットは進む。しかし本人に自分がやせているという意識はないので極端に体重が減ってしまう。

 治療法の一つに行動療法がある。入院させた上で行動制限し体重が増えたら徐々に制限を解いていくというやり方だ。これは身体面に主眼を置いているが、身体の病気にはまず身体的アプローチから開始するのが妥当のようだ。やはりある程度体重が増えないと会話は成り立たないように感じた。そしてこの行動療法の効果の程はどうかと言うと、私の体験では一部で比較的経過が良かったという印象がある。しかしやはりたいがい難しかったように思う。

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