Vol.14 転移と逆転移(パート3)

 私がこれまで最も大変だったのは心身症で摂食障害治療に関わっていた頃である。そこにいる人たちの間には様々な情動が飛び交い人間同士がぶつかり合う戦場のように私には感じられた。私が一番負担を感じたのはPt(患者)が攻撃性を向けて来たときや行動化を起こしたときだ。そのときの私はと言えば『また問題が起こったのか』と正直うんざりした気持ちになったものだった。あるPtに「先生は自分のことしか考えていない」と言われたことがあったが、そう言って私を責めて来たのも摂食障害のPtだった。

 しかしそのときPtの行為に転移という意味付けをすることができればよかったと思う。何故ならPtは転移を通じて治療者と向き合い始めたということであり、そう意識できればこちら側もそれに耐えながら受け止めていく心構えができたのではないかと思うからだ。しかしPtの胸の内の分からない私は混乱するばかりだった。

 またそのように私が混乱したのは逆転移だったのだが、もちろん当時そんなことが分かるはずもなかった。今でこそ言えるがPtも混乱していてそれが私に移ってきたということを意味している。すなわちPtは表面上は攻撃的になったり行動化を起こしているが、そのウラではPt自身が混乱してどうしていいか分からず何とかしてくれるよう我々に伝えようとしていたのだ。

 それもコミュニケーションの一つである。会話中心の普通のコミュニケーションの形式ではないが、転移と逆転移を通じて無意識的かつ間接的にPtと治療者とのコミュニケーションが成立したということだ。

 別のPtの言葉に反応して私は怒りをぶつけたことがあった。それはPtに責められたように感じた私の逆転移だった。そのPtが言うにはそれまでに他の人との間にも私と同じような出来事があったらしかった。そのように反復強迫的に同じことを繰り返しているところに何か意味が隠されている。普通に考えればPtが私たちを怒らせたということになるのだが、今や私たちはさらに別の観点から考えて行くことができる。

 そのとき怒った私たちは過去の別な人に対する怒りをPtによって呼び起こされたのではないか?すなわちPtは私たちの過去の腹立たしい体験を呼び覚ましたのではないか。しかし自分の情動が激しく動いたときこそ私たちは自分を見つめ直すチャンスを得ている。そして自分の過去の葛藤を思い浮かべていくとPtの気持ちが少しずつ見えてきて、Pt自身も我々と同じくらい怒っているのではないかと思えてくる。

 私の経験では自分が相手に反応して感情的かつ攻撃的になっていれば病的逆転移を起こしている可能性が高い。しかし病的逆転移によって生じたイヤな感情をすぐに吐き出さずにじっと耐えて抱えていくと、自分自身を知ることになるし相手を理解することにつなげていくこともできる。

 しかし思いがけず怒りで相手を攻撃してしまったときも私たちはずっとそのことを気に留めているもののようだ。まわりの人たちからも「何であのときあんなこと言ったのだろう?どうして怒ったのだろう?何故か分からない」という言葉を聞くので、日頃は意識にのぼらないが私たちは心のどこかで内省しているようである。そして無意識の内省であってもその人の心の栄養になっているように思う。

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