Vol.6 学会

 日本精神分析学会第54回大会が、10/31から11/2までの3日間、福岡国際会議場(写真)で開催された。

 今回の学会で、神経症の治療においてその発症の状況を解明すれば大半の症例がよくなるという内容の発表があり大変印象深かった。

 すなわち、『病気が発症した時、例えば職場でPt(患者)とまわりの人との間にどんな葛藤があったのか?』や『治療場面でPtと治療者との間にはどんな葛藤が起こっているのか?』を解明するということである。

 通常の精神分析であればもっと幼少時までさかのぼり、心の傷となったために無意識の中に押し込められた“幼児期体験”を意識化させることになる。

 しかし発表者たちは“幼児期体験”を意識化させることをしないので『無意識の意識化』を行わないことになる。それで発表者は「私たちは“人間存在分析”と称している」と言われたが、司会者の北山先生が「それも精神分析です」と指摘された。

 “幼児期体験”を意識化させなくても大半の神経症がよくなっているのだから何も問題ではなく、それでよくならなかった症例に対して通常の“幼児期体験”を意識化させるやり方でアプローチすればよいと思われる。

 母親と赤ん坊との関係には代表的なものとしてホールディングholding(抱っこ)とコンテイニングcontaining(包容する)がある。

 ホールディングという考え方では、母親と生まれて間もない赤ん坊とは合体していると考える。一心同体なので母親は赤ん坊の気持ちを直感的に察することができる。赤ん坊が泣けば母親は腕の中でやさしく抱いて赤ん坊を穏やかにする。それは母親が赤ん坊をあやす普段に見られる姿である。

 一方、コンテイニングという考え方は独特である。ホールディングのように直感的ではない。その過程に投影同一視が介在する。

 母親と赤ん坊は生まれたときから独立した存在であると考える。赤ん坊は空腹などの自分のイヤな感情に耐えられないときどうするか?母親にイヤなものを投げ入れて自分のものではないとすることで楽になろうとする(投影同一視)。投げ入れられたイヤな感情を母親は自分の中に“包容する”。そういう方法で母親は赤ん坊が辛い気持ちであることを理解する。

 このコンテイニングは我々が相手を理解する手だてとなる。例えば我々は対人関係でイヤな気持ちになることがある。そのイヤな気持ちを早く吐き出そうとして我々は悪態をつきたくなるものだ。しかし、そのイヤな感情に耐えているとそれが相手の気持ちだと分かってくることがある。

 以上のようにコンテイニングは我々の対人関係上で相手を理解する基本の一つとなってくる。

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