Vol.4 映画(パート1)

 お盆の時期に思い出すのが映画『阿弥陀堂だより』です。パニック発作を扱っているということと、阿弥陀堂のおうめ婆さんの姿が印象的な映画でした。ストーリーは次の通りです。

 主人公の女医は化学療法の分野で有望な医師として活躍していた。しかし、夜中の急変患者の対応で不眠症になっていた。さらに、それまで何百人以上の患者を看取るなど多忙をきわめていた。

 その頃、主人公は妊娠中の子供を失い体調を崩した。睡眠薬を飲んで頑張ったが、突然息苦しくなり、動悸、めまい、冷や汗などの症状が出るようになり、心療内科でパニック障害の診断を受けた。

 自宅療養後、夫が付き添って病院勤務を再開。さらに勤務の負担も大幅に減らして一人で通勤を始めたが、やはり発作を起こした。さらに仕事の負担を減らされ、だんだん責任のある仕事から外され始め、プライドを傷つけられた主人公は強い発作を起こした。

 以前から夫の出身の村が気に入っていたので、病気を癒すために仕事を辞めて夫と一緒に田舎に移り住むことにした。そう決めた途端、安心したのか一人で買い物に出掛けられるようになった。

 主人公は村の診療所で月、水、金の午前中の診察を始めた。主人公が精神的にも時間的にも余裕ができて夫婦の会話も増えていった。また、阿弥陀堂のおうめ婆さんに癒され、田舎の自然に癒されて発作は出なくなった。そして新たな子供を授かることとなった。

 主人公は頑張って頑張って結局はダウンした。そのときの母親の言葉は「人は思い通りにいかない。それを知ることが成長すること」というものだった。「よく頑張ったね」という一言がない。娘を認めてあげる言葉がない。やってもやっても認めてもらえない。

 主人公にとっては頑張って良い評価を得ることが自分の存在感を持てるやり方なのである。しかし、そういう生き方が危うくなる。パニック発作のために病院での自分の役割が次第に縮小されたからだ。

 その頃に主人公が見た夢。大学通りにある葉の落ちたイチョウの木にカラスが数羽とまっている。雲が低く降りてくる。自分がイチョウの木のように枯れてしまうのではないかと恐怖に襲われる。

 これは主人公の心の中の孤独感、自分の存在がなくなりそうになる恐怖感を表している。そして現実世界では息が苦しくなって死にそうになる。

 この内的世界の起源は、主人公が幼稚園の頃に父親を病気で亡くしたときにさかのぼるように思われる。父親を亡くしたことは大変苦しく辛いものであったろう。しかし、その当時主人公がその辛さを乗り越えて行くだけの十分な対応がなされていなかったと思われる。

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