Vol.2 喫茶店の思い出

 鹿児島市の中心街をやや離れた小さな駅前にその喫茶店はあった。駅の裏手の坂を少し上がったところに女子短大があり、そこの学生さんたちも店に立ち寄っていた。私が初めてその店を訪れたのは、知り合いのクラシックギターの先生に連れて行かれたときだった。私が一大決心をして医学部に入り直した頃だ。

 そこはマスターとの会話を求めて老若男女が集まっていた。若い人たちは何か相談事を持ってくる人たちが多く、マスターはよきアドバイザーになっていたようだった。またやさしい奥様が時々店に来られると、その場の雰囲気がなごやかになった。

 その後、事情があってマスターは店を閉められたが、今でも私はマスターの家を訪ねることがある。私の他にも当時客だった人たちがよく訪ねて来られるようだ。最近では店の近くの短大に通っていた女性たちが7人も一緒に訪ねて来られたそうだ。しかも34年振りだったということなので、これもマスター夫妻が当時のお客さんたちの心の中に今も生きている証しのように思う。マスター夫妻は当時店で使っていた5つの椅子を持ち出してその女性たちをもてなしたとのことだ。

 私にとって非常に印象深いエピソードは『マスターがある女性を大変に叱った。が、翌日彼女は目をカッと見開いて店にやって来た』という話である。私が「『もう二度とそんなところに行くものか!』とソッポを向きかねないのに、どうしてまた来たのでしょうか?」と尋ねたところ、マスターの答は「愛情があるからです」というものだった。マスターが真剣に彼女を叱ったことが彼女の心に響いたということだろうと思う。そのエピソードはマスターが父親代わりのようになって若い女性たちを支えていたことを物語っている。

 ところで店に来ていた若い男性たちはどうだったかというと、最近私がマスターから聞いたところによれば、マスターの目には“よんごもん”に映っていたようである。“よんごもん”とは鹿児島独特の呼び名であり、標準語では“ひねくれ者”という意味に当たる。しかし“よんごもん”は“よんごもん”で道に迷いながらも、何かを掴もうと店にやって来ていたように思う。だからマスターは彼等の相手をし、彼等も誰かとぶつかることはあってもよく店を訪れたのだろう。

 お客さんたちはマスターとの会話でひとときを過ごし、奥様のやさしさになごみ、客同士の出合いがあり、若者たちは自分の生き方を模索していたように思う。そしてマスター夫妻は「喫茶店は自分たちにとっても多くの人に出会う場になったと思う」と振り返っている。

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